第4章:こころを照らすもの
第1節:絶望の森と光の種
森の奥深く、湿った空気と絡みつくような静けさの中。キナコはイタッチと並んで歩いていた。足元の草は露で濡れ、木々は空を覆い隠すように広がっている。道らしい道もなく、ふたりの進む先には、不穏な気配が漂っていた。
「……聞こえるか?」
イタッチが耳をぴくりと動かし、立ち止まる。
「ピチピチ……って、なんか鳴ってる?」
キナコも立ち止まり、音に耳を澄ませた。確かに、かすかに聞こえる。葉のざわめきとは違う、生き物のもがくような音。
ふたりで音の方へ近づくと、やがて少し開けた小道の端に、小さなハヤブサのヒナが見えた。足に透明なビニール紐が絡まり、動くたびにそれがさらに締めつけている。羽をばたつかせ、苦しそうに鳴くヒナの目には恐怖が浮かんでいた。
「……人間のゴミだな」
イタッチが低くつぶやく。
「助けなきゃ……!」
キナコはすぐに駆け寄り、針を使ってビニール紐を切ろうとした。しかし、思った以上に絡まりは複雑で、針だけではうまくいかない。ヒナはますます暴れ、恐怖と痛みで泣き叫ぶ。
「どうしよう……このままじゃ……」
そのとき、小道の奥から軽い足音と、やわらかな人の声がゆっくりと近づいてきた。
「お母さん、なんか鳴き声がするよ」
親子連れの人間だった。小さな男の子がヒナに駆け寄り、すぐにその異変に気づく。
「わっ、こんなにからまってる……!」
男の子はしゃがみこみ、そっとヒナの足を持ち上げ、絡まったビニール紐をひとつひとつ丁寧にほどいていく。母親は少し離れた場所で見守っていたが、息子の手際のよさに目を細めていた。
やがて、ヒナの足が自由になると、男の子はふわっと笑って言った。
「もう大丈夫だよ。びっくりしたね」
ヒナはしばらく彼を見つめていたが、次の瞬間、ぱたぱたと羽ばたき、森の奥へと飛び跳ねるように走っていった。
茂みの陰から見ていたキナコとイタッチは、しばらくその光景に見入っていた。
「……ああいう人間も、いるんだな」
イタッチがぽつりとつぶやいた。声の奥にあったのは、少しだけ和らいだもの――かすかな希望のようなものだった。
「うん……ぼく、ちょっとだけ、嬉しかった」
キナコの言葉に、イタッチはうなずくでもなく、ただ静かに森の奥へと目を向けた。
人間の落としたゴミが命を脅かす一方で、それを救う人間の手も、確かに存在する。その両方を目にしたとき、キナコの心にひとつの小さな種が宿った。それは、絶望の森の中に芽生えた、未来への光だった。
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