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小さなハリネズミのこころの旅 -第6章-

夕暮れの広い空を舞うハヤブサの足元に、小さな動物が優しく運ばれている。雲間から差し込む光の先には、静かに佇む病院の建物。希望に満ちた旅のクライマックスを象徴する、絵本のようなタッチのイラスト

終章:旅の終わりと再会

 キナコとイタッチは、とうとう森の果てにたどり着いた。だがその先で、オオカミが牙をむいて立ちはだかった。唸り声が空気を震わせ、ふたりの足をすくませる。

  「キナコ……ここからは俺に任せろ」

 イタッチはそう言って、震える小さな身体をキナコの前に立たせた。怖い。でも、逃げるわけにはいかない。キナコの背を押すように、イタッチは肛門腺から強烈な臭いを放ち、オオカミの動きを止める。

  「お前にはまだ、やるべきことがある……!」

 声を張り上げると、イタッチはオオカミに向かって体当たりをしかけた。その一瞬の隙を逃さず、キナコは振り返らずに走った。心の中でイタッチの名を叫びながら――。

 逃げ続けた先は、森の斜面だった。足を滑らせたキナコは転がり落ち、気づけば交通量の多い道路の真ん中に仰向けで止まった。目の前には、こちらへ突っ込んでくるトラック。もうだめだ。そう思ったその瞬間――。

  「大丈夫だ」

 やわらかく、でもしっかりとした声が聞こえた。次の瞬間、キナコの体は空中にふわりと持ち上がっていた。大きな翼、鋭くしなやかな爪、そしてまっすぐな瞳。その者は、あのとき助けようとしたハヤブサのヒナの父だという。

  「探していたんだ。お礼を言いたくて」

 キナコの視界が揺れる。風を切る羽ばたき、急上昇する空。

 気がつけば、大地も道も、遠く霞んで見えないほど小さくなっていた。キナコの旅はいつも、草をかき分け、根をよじ登り、何かにぶつかってばかりだった。でも今、視界のすべてが開けていた。

 雲を裂いて差し込む光が、空の上で一本の道となって続いていた。まるで世界そのものが、「進め」と背中を押してくれているようだった。キナコの胸に、熱いものがこみあげてくる。

 そのとき、ひときわ強く光る何かが目に飛び込んだ。病院の窓に反射する太陽の光――あれは、フクルが言っていた「強く輝く光!?」。キナコは胸の奥がざわつくのを感じながら、叫んだ。

  「あそこに降ろして! お願い!」

 ハヤブサは何も言わず、ぐんとスピードを上げて病院の屋根をかすめるように飛び、優しく地上へと降ろした。

 そこには、病院から出てくる少女の姿があった。包帯を巻いた足を引きずりながらも、笑顔を浮かべて歩く少女。その足元に、キナコは小さく走り寄った。

  「……キナコ!!」

 少女が膝をついて、両手を広げる。キナコは迷わずその中へ飛び込んだ。頬をすり寄せ、鼓動を感じる。言葉は交わさずとも、ぬくもりだけで全てが通じ合っていた。

 帰りの車の中、キナコは少女の膝の上でうとうとしていた。窓の外には夕暮れの景色が流れていく。ふと、草むらの中に泥だらけのイタッチの姿が見えた。痩せた体で、それでも笑って手を振るように前足をあげ、そして茂みに消えていく。

  「……ありがとう」

 キナコは心の中で、そっと呟いた。

 ある晴れた昼下がり。庭の草の上で、キナコは日なたぼっこをしていた。隣には、針の先がほんのり白いもう一匹のハリネズミが並んでいる。ふたりは何も語らず、ただ静かに時を過ごしていた。

 風が針の隙間を通り抜ける。どこかで、フクロウの羽音がした。キナコはふと目を細め、空を見上げた。

 そこにあったのは、「帰ってきた」場所ではなく、「帰ってこられた」ことの重み。そして、再び歩き出すための静かな力だった。

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