第4章:こころを照らすもの
第3節:恐れの影と、小さな出会い
熱と煙に追われながら、ようやく森の外れまでたどり着いたキナコとイタッチだったが、胸に広がる不安は消えていなかった。
「なんか……誰かに見られてる気がするんだ」
キナコがぽつりと呟くと、イタッチは耳をぴくりと動かし、険しい顔で辺りを見回した。
「気のせいじゃない。……つけられてるかもしれない。慎重に行こう」
木々の間に潜む影。遠くで枝が折れる音。ぬるりとした気配が、地面の下から這い寄ってくるようだった。キナコの心はざわつき、足取りが自然と速くなる。
「イタッチ、あれ……!」
木の間から、鈍く光る二つの目が見えた。闇に紛れるように動く大きな影は、頭を低く下げ、こちらの足跡をたどっているように見える。息を飲んだ瞬間、獣の吐息が木の間から届いた。
「走れっ!!」
イタッチの声と同時に、キナコは反射的に駆け出した。草を踏みしめ、枝をよけ、地面を蹴る。すぐ後ろで、地を揺らすような足音が迫ってくる。
その時――
「こっちよ!」
鋭く、けれどどこか優しげな声が飛んできた。声の方へ顔を向けると、大きな岩の割れ目が見えた。イタッチが先に飛び込み、キナコも必死でその隙間に滑り込む。
岩の中は、ひんやりとした空気に包まれていた。背後では、大きな獣が荒々しく鼻を鳴らし、岩の外をうろついている。しばらくして気配が遠ざかると、キナコはようやく呼吸を整えた。
「た、助かった……」
顔を上げると、驚くことに目の前にいたのは、キナコと同じ小さなハリネズミだった。針の先がうっすら白く、瞳に静かな知性が宿っている。
「私はハリネ。……大丈夫?」
ハリネは控えめに微笑んだ。小さな体なのに、まるで森の主のような落ち着きを感じさせる存在だった。
「どうして助けてくれたの?」とキナコがたずねると、ハリネは少しだけ目を伏せて答えた。
「放っておけなかっただけ。私も……昔、助けられたことがあるの」
その言葉に、キナコはハリネの背後に静かに立っていた、古く大きな木を見上げた。そこには、何かの記憶が息づいているようだった。
「あれは“記憶の樹”。ボロボロになっていた私を、フクルが迎えてくれた場所」
フクル?とキナコが首を傾げると、ハリネは小さく笑って「会えばきっとわかるよ」と言った。
キナコはふと、少女のことを思い出した。あの子が自分を探しているかもしれない。今、自分はこんなにも遠くにいる。でも、どこかでつながっている気がした。ここがただの避難所ではなく、何か大切なものに導かれてきた場所なのだと、胸の奥で感じた。
闇に潜む猛獣の影。そこに差し込んだ、小さな光。それが、ハリネという存在だった。
「ありがとう、ハリネ……君がいてくれてよかった」
キナコの言葉に、ハリネは少しだけ目を細め、照れたように針をふるわせた。
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